Andrew Yangが、また警鐘を鳴らしている。
2026年2月、元大統領候補であり、ユニバーサル・ベーシック・インカムの提唱者として知られるYangは、自身のSubstackで「The End of the Office」と題したポストを公開した[1]。その中で彼は、AIによる自動化の波が「12〜18ヶ月以内に、数百万人のホワイトカラー労働者を路上に放り出す」と書いた。
アメリカには現在約7,000万人のホワイトカラー労働者がいる。Yangはこの数が「今後数年で20〜50%削減される」と予測した。ある投資家の言葉を引き、「デスクに座ってコンピュータを見ている人間で構成されたものはすべて売れ」と紹介している。
刺激的な言葉だ。そして、一定の真実を含んでいる。
だが、ここで少し立ち止まりたい。本当にそうだろうか?
AIがホワイトカラーの仕事を「奪う」。この言い方は、わかりやすい。だからこそ、広まる。だからこそ、立ち止まる価値がある。何が本当に起きているのかを理解するためには、「AIが仕事を奪う」という因果の連鎖を、少しだけ丁寧に分解する必要がある。
因果の連鎖を分解する
Yangのロジックは、おおむね次のように構成されている。
AI導入 → 生産性向上 → 人員削減 → 大量解雇
直感的には理解しやすい。AIが仕事を自動化し、人が不要になり、企業がコストカットのために解雇する。この流れに違和感を覚えない人は多いだろう。
だが、この因果連鎖には、少なくとも二つの飛躍がある。
第一に、「AI導入が生産性向上に直結する」という仮定。MIT Media Labが2025年7月に発表した調査「The GenAI Divide: State of AI in Business 2025」は、300以上の公開AI導入事例を分析し、95%の企業がAI投資に対して「測定可能なP&Lへの影響を得られていない」と報告している[2]。企業は300〜400億ドルを生成AIに投じたが、統合されたAIパイロットが実質的な価値を生み出しているのは、わずか5%に過ぎない。
つまり、AI導入が直ちに「人を不要にするほどの生産性向上」をもたらしているという前提自体が、現時点では事実に裏づけられていない。
第二に、「生産性向上がそのまま人員削減に直結する」という仮定。JPモルガン・アセット・マネジメントのグローバル市場ストラテジストであるStephanie Aliagaは、2025年にアメリカで110万件以上のレイオフが発表されたが、AIを要因として挙げたのはそのうち約55,000件、全体の5%未満であり、総雇用の約0.03%に相当するに過ぎないと指摘している[3]。そして彼女はこう述べた。「AIは株式市場を押し上げ、仕事の未来についての議論を活発にしているが、現時点のエビデンスでは、AIが総雇用に実質的な影響を与えているとは言えない」。
Yangの警告が描く世界と、データが示す現実の間には、無視できないギャップがある。
では、レイオフの本当の原因は何か
レイオフが起きているのは事実だ。だがその因果構造は、「AI→解雇」という一本の矢印では説明できない。
パンデミック期の過剰採用の反動。 2020年から2022年にかけて、テック企業はデジタル需要の急増に対応するため、大規模な採用を行った。Metaは2020年3月の約48,000人から2022年9月には80,000人超へと従業員数をほぼ倍増させた。Amazonも企業部門の人員を倍以上に増やし、倉庫部門を含む全社の従業員数は2019年の約65万人から2022年には約160万人に膨れ上がった[4]。パンデミックが落ち着くと、その需要は元に戻った。しかし人員は戻らない。2022年以降の大量レイオフは、この「過剰採用の修正」として始まった。オックスフォード大学オックスフォード・インターネット研究所(OII)のFabian Stephany講師(AI & Work)は、現在のレイオフの波を「後期サイクルのコスト規律とパンデミック後の正常化の組み合わせ」と分析している[5]。
金利環境と利益率圧力。 低金利時代が終わり、資金調達コストが上昇した。投資家は成長ではなく効率を求め始めた。コストカットが「株価を上げる行為」として市場から報酬を受ける構造が強まった。Yang自身も「株式市場は人員削減する企業に報い、しない企業を罰する」と指摘しているが[1-1]、それはAIの問題ではなく、資本市場の力学の問題だ。
AIは「原因」ではなく「触媒」であり、同時に「口実」でもある。 Gizmodoは2025年12月の報道で、AIが実際にはレイオフの主因ではなく、企業が効率化と先進性をアピールするための「便利なスケープゴート」として機能していると指摘した[6]。企業がレイオフを発表する際、「AIによる効率化」という言い方をすれば、構造的・戦略的な判断に見える。「パンデミック期に人を雇いすぎた」と言うよりも、はるかに聞こえがいい。
ここに、見過ごされやすい構造がある。
「AIを理由にする」という構造
ある企業が1,000人をレイオフするとき、CEOが「AIによって業務効率が向上した」と発表すれば、市場はそれを好感する。株価は上がり、アナリストは「先見性のある経営判断」と評価する。
だが、そこで問われるべきことがある。
その判断は、誰が、どのような根拠で行ったのか。
AIは意思決定をしない。AIはレイオフを決めない。決めているのは、常に人間だ。経営者であり、取締役会であり、投資家の期待に応えようとする意思決定構造そのものだ。
にもかかわらず、「AIが仕事を奪う」という語り方は、まるでAIが主語であるかのように聞こえる。技術が原因であるかのように語られ、人間の判断が背景に退く。これは偶然ではない。技術に帰責することで、判断の責任が曖昧になるのだ。
Jamie Dimon(JPモルガンCEO)は2026年1月のダボス会議で、AIによる大量解雇を急ぐことの危険性に言及し、それが「市民の不安(civil unrest)」を引き起こしうると警告した。そして「従業員の再訓練、再配置、収入補助のプランがある」と述べた。さらに彼は、AIによる大量解雇に対する政府規制すら歓迎すると語っている[7]。
ここで注目すべきは、Dimonが語っているのは技術の話ではなく、判断の設計の話だということだ。「誰を、どの基準で、どのような責任において解雇するのか」──それは技術の問題ではなく、意思決定の構造の問題である。
問うべきことは、別にある
Yangの警告には価値がある。彼が指し示しているリスクは現実のものだ。AIの普及によってホワイトカラーの雇用環境が変わることは否定できない。だが、「AIが仕事を奪う」という問いの立て方には、構造的な死角がある。
その問い方では、判断した人間が見えなくなる。責任の所在が霧散する。技術が盾になり、人間の意思決定が問われなくなる。
本当に問うべきは、AIが仕事を奪うかどうかではない。
問うべきは、「誰が、何を根拠に、その判断をしたのか」だ。そして、「その判断の構造は、設計されていたのか」だ。
AIという技術が広がれば広がるほど、人間が担う判断の領域は変わる。だが、変わること自体は問題ではない。問題は、その変化が無自覚に起きていることだ。
誰がどこまでをAIに任せ、どこからを人間が引き受けるのか。その線は、いま多くの組織で、明示的に引かれていない。結果として、判断は曖昧なまま行われ、責任は事後的に帰属される。「AIがやった」「市場がそう求めた」──いずれも、判断の設計を怠った組織が生み出す言い訳だ。
この問題に正面から向き合うための思想がある。
それが Decision Design(判断の設計) である。
Decision Designは、判断という行為そのものを設計対象とする思想だ。その中心にあるのが Decision Boundary(判断の境界) という概念である。誰が決めるのか。どこまでを任せ、どこからを引き受けるのか。その線を、無自覚のまま放置せず、意図的に設計すること。それがDecision Designである。
以降のパートでは、Decision DesignとDecision Boundaryの概念を正確に定義したうえで、AI×レイオフという具体的な局面において、組織が判断構造をどう設計すべきかを、実装レベルで論じる。
詳細版について
本稿は、公開範囲を基に構成したInsynergyの日本語サイト版です。詳細な議論と実装上の考察はnoteの詳細版で解説しています。