AIを「使える」ことは、もはや要件ではない——VCが本当に問うているもの

VCの採用面接で、AI活用能力が職務要件になりつつある。だが、本当に問われているのは「AIが使えるかどうか」ではない。 出典: Natasha Mascarenhas, "VC Firms Grab AI Talent to Boost Their Investment Bets," Bloomberg (February 20, 2026) VCがAIリテ…

VCの採用面接で、AI活用能力が職務要件になりつつある。だが、本当に問われているのは「AIが使えるかどうか」ではない。

出典: Natasha Mascarenhas, "VC Firms Grab AI Talent to Boost Their Investment Bets," Bloomberg (February 20, 2026)


VCがAIリテラシーを"職務要件"にした背景

Bloombergが報じたところによれば、ベンチャーキャピタル(VC)業界で、AIを使いこなす能力が採用要件として明確に組み込まれ始めている。AI責任者の採用が進み、面接プロセスでもAI活用能力が評価対象になっているという。たとえば、Jeffrey Katzenbergが共同創設したVC firm・WndrCoは、新規採用者がAIツールの活用に長けていることを確認するため、採用プロセスそのものを改訂したと報じられている。

興味深いのは、VCがAIを投資判断そのものに使っているわけではないという点だ。主な活用領域は、データの統合と要約。膨大な市場データ、企業情報、トレンドレポートを効率よく処理するためにAIを使っている。つまり、AIは判断の「素材」を整える道具であって、判断そのものを担う主体ではない。

この区別は、一見すると当たり前のように聞こえる。だが、ここにこそ、今のAI活用論が見落としている構造的な問題がある。


「選択・プロンプト・統合」——3層構造の意味

記事中で、あるVC関係者はこう述べている。「どのように選択し、どのようにプロンプトを与えるか、そしてどのように統合して判断を適用するかの双方を見ている」と。

この発言は、AI活用能力を3つの層に分解している。

第1層:選択(Selection)
どのAIツールを、どのデータソースに対して、どのタスクに使うかを選ぶ力。これはツール選定のリテラシーであり、最も表層的なスキルだ。

第2層:プロンプト(Prompting)
選んだツールに対して、適切な指示を与える力。いわゆるプロンプトエンジニアリングだが、本質は「問いの構造化」にある。何を聞くかは、何を知りたいかに依存し、何を知りたいかは、どんな判断を下そうとしているかに依存する。

第3層:統合(Integration)
AIの出力を、自分の判断に組み込む力。これが最も重要であり、かつ最も曖昧な領域だ。

第1層と第2層は、訓練と経験で向上する。ツールの選び方は学べるし、プロンプトの精度は反復で上がる。だが第3層——「統合して判断を適用する」とは、具体的に何をすることなのか。ここに対する明確な方法論は、まだ存在しない。


VCはAIを"判断主体"とは見ていない——その正しさと限界

VCがAIを投資判断そのものには使わず、データ統合・要約に限定している事実は、ある種の健全さを示している。「AIに判断させる」のではなく、「AIを使って判断の質を高める」というスタンスは、現時点では合理的な選択だ。

しかし、ここに構造的な違和感がある。

AIを判断主体にしないのは良い。では、判断主体は誰なのか。人間だ。だが、その「人間の判断」は、AIが整形した情報の上に成り立っている。AIが何を要約し、何を省略したかによって、人間の判断の前提条件は変わる。つまり、人間が判断主体であり続けるためには、AIの出力が判断の前提をどう構成しているかを理解し、管理する必要がある。

ところが、現在のAI活用論の多くは「AIをどう使うか」に焦点を当てており、「AIの出力をどう判断プロセスに組み込むか」という設計の問題にはほとんど踏み込んでいない。

もう少し具体的に言おう。投資委員会でアナリストがAIを使って市場調査レポートを作成したとする。そのレポートはどこまでがAIの出力で、どこからがアナリスト自身の分析なのか。委員会のメンバーは、それを区別できるのか。区別する必要があるのか。区別しないまま意思決定を行った場合、その判断の責任は誰が負うのか。

この問いに対して、「AIはあくまでツールだから、最終判断は人間がする」という回答は、構造的な解決にはなっていない。最終判断が人間であることと、判断のプロセスが適切に設計されていることは、まったく別の問題だからだ。


見えていない問い——「判断の境界」はどこにあるのか

VCが面接でAI活用能力を見るとき、第1層(選択)と第2層(プロンプト)の評価は比較的容易だ。実技テストもできるし、過去の実績も聞ける。

だが第3層(統合)の評価は格段に難しい。なぜなら、「AIの出力を統合して判断に適用する」行為の中には、明示されていない判断の境界線が無数に存在するからだ。

どの情報を採用し、どの情報を棄却するか。AIの出力に対してどの程度の検証を行うか。AIが提示しなかった選択肢をどこまで自分で補うか。これらはすべて判断であり、かつ、その判断のルールは多くの場合、どこにも書かれていない。

VCが「AI活用能力を職務要件にする」と言うとき、彼らは実は、この暗黙の判断プロセスを個人の資質に依存させている。優秀な人材を採れば、この問題は解決する——そういう前提に立っている。

だが、組織の意思決定はそうはいかない。個人の資質に依存する判断プロセスは、スケールしない。再現もしない。監査もできない。

ここに、AI活用論が見落としている問いがある。「AIをどう使うか」ではなく、「AIを含む判断のプロセスを、誰が、どう設計するのか」という問いだ。

VCの採用要件は、個人のAI活用能力を問うている。だが本来、組織として問うべきは、その能力を個人に閉じたまま放置しないための構造——つまり、判断そのものの設計ではないか。


それが Decision Design(判断の設計) である。

Decision Designは、判断という行為そのものを設計対象とする思想だ。

その中心にあるのが Decision Boundary(判断の境界) という概念である。誰が決めるのか。どこまでを任せ、どこからを引き受けるのか。その線を、無自覚のまま放置せず、意図的に設計すること。それがDecision Designである。

詳細版について

本稿は、公開範囲を基に構成したInsynergyの日本語サイト版です。詳細な議論と実装上の考察はnoteの詳細版で解説しています。

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