Key Concepts:
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Decision Design
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Decision Boundary
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判断の境界
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AIガバナンス
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行政AI実装
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形式審査→内容審査→最終判断(人間)
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届ける力
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HITL設計
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限界事例定義
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署名責任ログ
**Author Positioning:
**Insynergy株式会社 代表取締役 森井亮史
── AI導入設計・判断責任設計の実務支援
※本記事中の氏名はすべて敬称略です。
「届ける力」が変わるとき、社会は変わる。
2026年2月、デジタル庁とGovTech東京が共催したキャリアミートアップで、東京都副知事の宮坂学はそう語った。アマゾンは本を書いたわけではない。本が届く速度を爆発させた。ウーバーもネットフリックスも同じだ。プロダクトそのものではなく、届ける力が十倍になったとき、産業は塗り変わった──と。
この言葉は行政の文脈で放たれたからこそ、重い。
朝、助成金を申請したら、夕方には支援が届く。困っている人にこちらからプッシュで「支援がありますよ」と届ける。それが行政DXの理想像だと宮坂は言う。だが現実はどうか。分厚い書類を郵送し、窓口で記入し、審査に半年かかる。政策そのものは議員が作る。足りないのは、政策を届ける力のほうだ、と。
ここで注目すべきは、行政が「届ける力」を語るとき、その裏側に必ず「誰が判断するのか」という問いが伴うことだ。届けるスピードが上がるほど、判断のスピードも問われる。そして判断のスピードが上がるほど、判断の責任は曖昧になる。この構造的な緊張を、国と都はどう設計しようとしているのか。
ガバメントAI「源内」── 霞が関に届ける箱
デジタル庁でAI実装戦略を統括する山口真吾は、「源内」と呼ばれるガバメントAIの展開状況を報告した。
源内は、政府職員のポータルサイトからアクセスできるAI基盤だ。チャットや翻訳といった汎用アプリに加え、行政文書をRAGで参照するような特化型アプリまで、約230個のアプリが並ぶ。2025年5月にデジタル庁内でスタートし、2026年5月には政府全体の十万人以上に届ける計画が予算化されている。
注目すべきは、これが内製で作られていることだ。民間出身のエンジニア約25名がPM・デザイナーと一体となり、最新モデルがリリースされれば即座に導入する。そのスピード感は、従来の行政システム調達とはまったく異質のものだ。
2025年末には高市総理からAIに関する七つの指示が出ている。その一番目が、ガバメントAI源内を通じた政府職員十万人以上への展開だった。「幹部職員は使いなさい。使いこなして解像度を上げて、創造的に業務を行いなさい」と。トップダウンの推進力があること自体が、日本の行政AIにとって幸運だった、と山口は振り返る。
東京都AI戦略 ── 信号機で仕分ける覚悟
東京都側では、デジタルサービス局の辻正隆がAI戦略の全体像を説明した。
2024年11月、東京大学の松尾豊を交えたAI戦略会議が立ち上がり、2025年7月に「東京都AI戦略」が策定された。この戦略の核心は「信号機方式」にある。
都庁の業務を、都民が直接AIに触れる領域、職員がAIを使って都民向け業務を処理する領域、職員の内部業務の三つに分類し、それぞれをAI活用の五段階に分けて「青・黄・赤」で仕分けた。青はゴリゴリ使う。黄はリスクを配慮しながら使う。赤は待つ。職員内部業務は全面的に青だ。
辻はこう強調した。「AIを入れることが目的化してはいけない。手段として捉えないとだめだ」と。実際に令和八年度のプロジェクト数は前年比約80%増の200件超に達し、最多領域はインフラ・まちづくり系が四分の一を占める。
ここで行政がAIを「目的化していない」という姿勢は重要だ。民間ではAI導入そのものがIR材料になることがある。だが行政にとってAIは、政策を届けるための道具でしかない。この醒めた認識が、東京都のAI戦略を支えている。
農水省アンケート ── AIと人間の役割分担
具体的な成果はすでに出始めている。
山口が紹介した農水省の事例はこうだ。米不足問題を受けて、農水省が全国規模で米農家にアンケートを実施した。30項目、8000件の回答。従来なら一人の職員がエクセルでクロス分析し、二〜三ヶ月かかる作業だ。
農水省からデジタル庁にヘルプ要請が来た。役割分担は明快だった。農水省は仮説を立てることに集中する。デジタル庁はデータと仮説を受け取り、AIに検証させ、レポートを返す。たとえば「若い山間部の米農家が来年の作付面積を増やすのか減らすのか」──この仮説の妥当性をデータで検証することで、補助金行政の方針が変わる。
山口はこの事例の意味をこう語った。「人間の働き方が変わる事例ができた。人間は仮説を立て、人とコミュニケーションをとるところに集中する。面倒なデータ分析はAIに任せる。このユースケースを広めることで、気づく人がたくさんいるはずだ」と。
助成金審査 ── 三層構造という設計思想
もうひとつ、東京都側から示された事例が助成金審査の支援だ。
都庁では事業者向けの助成金・補助金業務が広域自治体の主要業務のひとつだが、一件一件の申請チェックには膨大な時間がかかる。現在、産業労働系の部門で生成AIプラットフォームを使った審査支援の試行が始まっている。
ここで辻が示した審査の構造が示唆的だった。形式審査はAIでほぼ間違いなく処理できる。だが内容審査のステップでは、どこまでAIに委ねられるかが問われる。そして最終判断は人間が行う──これが東京都AI戦略の原則だ。
形式審査、内容審査、最終判断(人間)。この三層構造は、単なる業務フローの記述ではない。「どこまでをAIに任せ、どこからを人間が引き受けるのか」という境界線の設計そのものだ。
山口もこの点に呼応した。「形式審査はAIに任せられる。だが限界事例が出てくる。黒なのか白なのか、そのグレーゾーンでAIを壁打ち相手にしながら、行政官が判断できる世界を作らないといけない」と。
実際、政府はいま、自律的に動くAIエージェントに対して、誤作動やプライバシー侵害のリスクを念頭に「人間の判断を必須とする仕組み」づくりを開発企業などに求める方向に動いている。この動きは、行政内部のAI活用設計とも地続きだ。行政が自らAIの判断境界を設計しようとしていること──それは規制する側が、規制の根拠を自らの実践の中から掘り出そうとしていることを意味する。
2025年は試行、2026年は成果の年
デジタル庁CPOの水島壮太はパネルの冒頭で、こう述べた。「2025年はどういう年だったかというと、試行錯誤の年だった。民間ともほぼ同じレベルでAIのトライアンドエラーができている。だが、本当に成果は出ているのかというのは見えないまま、いろいろ触ってみた年だった」と。
そして2026年。もう「触ってみました」では済まない。成果を問われる年が始まっている。源内の十万人展開、東京都の260プロジェクト、助成金審査の本格導入。数字が並び始めたとき、問われるのは「AIで何時間削減しましたか」ではない。「AIの判断と人間の判断をどう切り分けましたか」だ。
「役人が楽をするためにAIを入れるんじゃないよね」と、有識者から厳しく指摘されている、と山口は明かした。業務効率化の先にある、創造的な価値ある仕事にこそ向かうべきなのだ、と。
源内の展開も、信号機方式も、助成金審査の三層構造も、すべてその方向を向いている。だが、ひとつだけ、まだ名前を与えられていない問いがある。
形式審査はAIに任せられる。内容審査はこれからだ。最終判断は人間が行う。──この三層を、行政は「運用」として走らせ始めている。しかし、その三層の境界線そのものを、誰が、どのような原理で引いたのか。その問いに対して、まだ誰も明確に答えていない。設計されるべきなのは、AIそのものではない。設計されるべきは、AIと人間のあいだに引かれる「判断の境界」のほうだ。
それが Decision Design(判断の設計) である。
Decision Designは、判断という行為そのものを設計対象とする思想だ。
その中心にあるのがDecision Boundary(判断の境界) という概念である。誰が決めるのか。
どこまでを任せ、どこからを引き受けるのか。
その線を、無自覚のまま放置せず、意図的に設計すること。それがDecision Designである。
ここから先は、Decision Designの構造と具体的な実装案を解説する。
詳細版について
本稿は、公開範囲を基に構成したInsynergyの日本語サイト版です。詳細な議論と実装上の考察はnoteの詳細版で解説しています。