事業性融資推進法は、金融制度ではなく「判断の設計」である

はじめに ── なぜこの法律は「融資の話」で終わらないのか 2026年5月、「事業性融資の推進等に関する法律」が施行される。 金融庁総合政策局の大城健司参事官は、東京商工リサーチのインタビューでこう語った。…

はじめに ── なぜこの法律は「融資の話」で終わらないのか

2026年5月、「事業性融資の推進等に関する法律」が施行される。

金融庁総合政策局の大城健司参事官は、東京商工リサーチのインタビューでこう語った。

この法律は企業の将来性に基づく融資を後押しするとともに、融資慣行を大きく変え、日本の金融仲介機能の高度化に寄与する可能性を秘めた制度になり得る

東京商工リサーチ「融資慣行に変化、『事業性融資推進法』が施行目前~ 金融庁・大城健司参事官 単独インタビュー ~」(2026年1月25日)

確かに、表面的にはそのとおりだ。企業価値担保権の導入により、不動産や個人保証に依存しない融資が可能になる。スタートアップや無形資産を持つ企業にとって、資金調達の選択肢が広がる。

だが、この法律を「融資手法の多様化」として捉えるだけでは、本質を見誤る。

この法律が本当に変えようとしているのは、金融における「判断の構造」そのものだ。

1. 金融庁が「コミュニケーション」を制度に埋め込んだ意味

大城参事官は、企業価値担保権の核心をこう説明する。

「この制度は借り手と貸し手の間で、緊密かつ継続的なコミュニケーションを行うことが必須になる」

東京商工リサーチ「融資慣行に変化、『事業性融資推進法』が施行目前~ 金融庁・大城健司参事官 単独インタビュー ~」(2026年1月25日)

一見すると当たり前のことのように聞こえる。だが、ここには深い含意がある。

従来の融資慣行において、「コミュニケーション」は制度的に要求されていなかった。不動産担保があれば、事業の中身を深く理解しなくても融資は成立する。担保価値が債権を保全してくれるからだ。

大城参事官自身がこう認めている。

「極論すれば、不動産などの担保を取った融資であれば、事業者の業況の良し悪しについて、金融機関にリスクはない」

東京商工リサーチ「融資慣行に変化、『事業性融資推進法』が施行目前~ 金融庁・大城健司参事官 単独インタビュー ~」(2026年1月25日)

これは単なる担保論ではない。判断の責任を、制度が肩代わりしてきたという告白だ。

不動産担保とは、「判断しなくても済む構造」を提供する装置だった。事業の将来性を見極める必要がない。経営者との対話を続ける必要もない。担保価値さえ確認すれば、あとは清算時に回収できる。

この構造において、金融機関は「判断主体」ではなく「手続き主体」に近かった。

2. 「リレーションシップバンキング」はなぜ根付かなかったのか

大城参事官は、過去の取り組みについても率直に振り返っている。

「リレーションシップバンキングという考え方が以前からあった。その中で、担保・保証に過度に依存しない融資の推進に取り組んでいた金融機関もあったが、当時の経済環境のもとでは難しかったうえ、その取り組みが当局向けの実績作りに終始するところもあり、必ずしも事業者の将来を見て、リスクをとって貸す慣行に繋がっていなかった」

東京商工リサーチ「融資慣行に変化、『事業性融資推進法』が施行目前~ 金融庁・大城健司参事官 単独インタビュー ~」(2026年1月25日)

これは重要な証言だ。

リレーションシップバンキングは、理念としては正しかった。しかし、判断の構造が変わらないまま、行動だけを変えようとしても、制度化されない

なぜか。

判断には責任が伴う。責任を引き受ける構造がなければ、判断は回避される。「実績作り」とは、判断を伴わない形式的な対応に留まることを意味する。

金融検査マニュアルの時代、金融庁は「財務の健全性」に軸足を置いた検査・監督を行っていた。大城参事官は「当時、それはそれで意味があった」としつつも、「その副作用としてリスクをとってお金を貸すことに躊躇してしまう面もあっただろう」と認めている。

つまり、制度設計そのものが「判断を回避する方向」にインセンティブを与えていた。

3. なぜ「関係者を絞る設計」が必要なのか

企業価値担保権について、大城参事官は興味深い指摘をしている。

「複数の金融機関で資金を出す際に使うことを制度的に排除するものではない」

東京商工リサーチ「融資慣行に変化、『事業性融資推進法』が施行目前~ 金融庁・大城健司参事官 単独インタビュー ~」(2026年1月25日)

と前置きしつつ、

「基本的には多くの債権者が同時に進めるより、限られた数の金融機関が責任をもって借り手の面倒を見る形が、この制度が想定している機能が発揮されやすいのではないか」

東京商工リサーチ「融資慣行に変化、『事業性融資推進法』が施行目前~ 金融庁・大城健司参事官 単独インタビュー ~」(2026年1月25日)

と述べている。

これは融資実務の話に見えるが、判断構造の観点から読み直すと、別の意味が浮かび上がる。

判断主体が増えると、責任は拡散する。

複数の金融機関が関与すると、「誰が判断するのか」「誰が責任を負うのか」が曖昧になる。合議制は一見民主的に見えるが、判断の遅延と責任の希薄化を招きやすい。

大城参事官が「限られた数の金融機関が責任をもって」と明言しているのは、判断と責任の一致を制度として担保しようとしているからだ。

4. 「目利き力」という言葉の危うさ

事業性融資推進法の文脈で、必ず出てくるキーワードがある。「目利き力」だ。

大城参事官も言及している。

「金融機関の内部で人材育成、ノウハウの蓄積などやるべき事は多い」
「事業者の将来性を見て、金融機関がリスクをとって融資することが当たり前ではない状況が続いてきた。そのために必要な目利き力を高めていく努力を重ねてもらいたい」

東京商工リサーチ「融資慣行に変化、『事業性融資推進法』が施行目前~ 金融庁・大城健司参事官 単独インタビュー ~」(2026年1月25日)

この発言は正しい。だが、「目利き力」という言葉には危険が潜んでいる。

それは、問題を個人のスキルに帰着させてしまうという罠だ。

「目利き力が足りない」と言われたとき、多くの人は「もっと勉強しなければ」「経験を積まなければ」と考える。それ自体は間違っていない。だが、個人の能力向上だけで問題が解決するなら、リレーションシップバンキングはとっくに定着していたはずだ。

問題はもっと構造的だ。

これらが組織として定義されていなければ、個人がいくら「目利き力」を磨いても、判断は機能しない。

大城参事官は、2019年の監督指針改正についても言及している。

「金融庁は中小・地域金融機関向けの監督指針を改正し、金融機関に定期的な人事ローテーションを求めないとした」
「人事異動は、顧客との関係性強化や融資に関するノウハウの蓄積という意味で、必ずしも望ましいことばかりではない」

東京商工リサーチ「融資慣行に変化、『事業性融資推進法』が施行目前~ 金融庁・大城健司参事官 単独インタビュー ~」(2026年1月25日)

これは重要な転換だ。定期的な人事ローテーションは、不祥事防止という名目で行われてきたが、副作用として「判断の蓄積」を阻害していた。担当者が代わるたびに、事業者との関係性はリセットされる。継続的なモニタリングは困難になる。

人事ローテーションとは、判断の連続性を制度的に断ち切る仕組みだった。

金融庁がこれを見直したことは、判断構造の再設計に向けた布石と読める。

5. 「傘」の比喩が示すもの

大城参事官は、印象的な比喩を使っている。

「これまで、金融機関は晴れている時に傘をさし、土砂降りになると傘を取り上げると言われることもあった」

東京商工リサーチ「融資慣行に変化、『事業性融資推進法』が施行目前~ 金融庁・大城健司参事官 単独インタビュー ~」(2026年1月25日)

そして、企業価値担保権制度の理想像をこう描く。

「土砂降りの雨に立たされる状況になるまで、(融資先を)ほったらかさない。まず日々、天気を一緒に見ながら、雨が降りそうになれば、濡れない所に動いてもらう。あるいは本当に予想外のことが起きて、土砂降りの中に立たされた時には傘をさせるよう、常に準備をしておく」

東京商工リサーチ「融資慣行に変化、『事業性融資推進法』が施行目前~ 金融庁・大城健司参事官 単独インタビュー ~」(2026年1月25日)

この比喩は、単なる顧客サービスの話ではない。

判断のタイミングが変わることを示している。

従来の融資では、判断は「融資実行時」と「回収判断時」に集中していた。その間は、基本的に「見ているだけ」だ。

企業価値担保権の下では、判断は継続的に行われる。「天気を一緒に見る」とは、日常的なモニタリングを通じて、小さな判断を積み重ねることを意味する。

これは、判断の分散化であり、同時に判断の日常化でもある。

まとめ ── 問われているのは「判断の設計」

事業性融資推進法は、担保の種類を増やす制度ではない。

それは、金融における判断の構造を再設計する試みである。

これらはすべて、「誰が、いつ、何を根拠に、責任を持って判断するのか」という問いへの回答だ。

金融庁が「目利き力」と呼ぶものの実体は、個人のスキルではなく、判断を機能させるための組織設計にある。

ここから先では、事業性融資推進法を「金融制度」ではなく判断責任の構造設計として読み解く。


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本稿は、公開範囲を基に構成したInsynergyの日本語サイト版です。詳細な議論と実装上の考察はnoteの詳細版で解説しています。

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