SaaSは死んだのか
「SaaSは死んだ」という言説が、このところ繰り返されている。
AIエージェントがワークフローを自律的にこなすようになれば、人間がダッシュボードを操作する必要はなくなる。だからSaaSという形態そのものが消える——そういう論旨だ。
この議論には一定の妥当性がある。定型業務の自動化が進めば、「人間がUIを触る」という前提で設計されたソフトウェアの存在意義は問い直される。それ自体は自然な流れだろう。
ただ、この議論にはひとつ、見落とされがちな前提がある。
SaaSが担っていたのは「業務の実行」だけではない。SaaSは同時に、誰がその操作をしたのかという帰属の構造も担っていた。ログインIDがあり、操作ログがあり、承認フローがある。つまり、SaaSは業務ツールであると同時に、判断の帰属を記録する装置でもあった。
エージェントがSaaSを代替するとき、この「帰属の構造」はどこへ行くのか。
その問いは、あまり語られていない。
野良エージェントという現象
いま、多くの企業で静かに起きていることがある。
現場の社員が、個人の判断でAIエージェントを業務に導入している。ChatGPTに業務データを流し込む。議事録をAIに要約させる。稟議書のドラフトをエージェントに書かせる。これらは多くの場合、IT部門の承認を経ていない。ポリシーの整備も追いついていない。
便利だから使う。成果が出るから止められない。上司も黙認する。
こうした「誰にも管理されていないエージェント」を、ここでは野良エージェントと呼ぶ。
野良エージェントの問題は、セキュリティリスクだけではない。もっと根本的な問題がある。
それは、そのエージェントが出した結論を、誰の判断として扱うのかが決まっていない、ということだ。
エージェントが書いた稟議書を部長が承認したとき、その判断は部長のものなのか。エージェントが要約した議事録に基づいて意思決定がなされたとき、その要約の正確性に誰が責任を持つのか。
「便利に使えている」という実感と、「責任の帰属が宙に浮いている」という構造的事実は、驚くほど長い間、共存できてしまう。問題が顕在化するのは、何かが起きたあとだ。
便利さと責任のあいだにある溝
この問題を個人のモラルや注意力の問題として片づけることもできる。「ちゃんと確認してから使え」「最終判断は人間がしろ」——そう言えば、表面上は片づく。
だが、構造的にはまったく片づいていない。
エージェントの出力を人間が「確認した」とき、その確認はどの程度の深さで行われたのか。形式的に目を通しただけなのか、内容を精査したのか。確認の粒度を定義している企業はほとんどない。
「Human-in-the-Loop」という概念は広く知られている。人間がループの中にいれば安全だ、という考え方だ。しかし現実には、ループの中にいるだけで判断主体になれるわけではない。ループに「いる」ことと、判断を「引き受けている」ことのあいだには、大きな隔たりがある。
この隔たりに対して、制度の側も動き始めている。日本政府は2026年3月にもまとめるAI事業者ガイドラインの改定案で、自律的に動くAIエージェントやフィジカルAIに対し、誤作動やプライバシー侵害のリスクを念頭に「人間の判断を必須とする仕組み」づくりを開発企業などに求める方針を示した(日本経済新聞, 2026年2月15日)。
方向性としては理解できる。しかし、「人間の判断を必須とする」という要請は、そのままでは十分に機能しない可能性がある。なぜなら、問題は「人間が判断に関与しているかどうか」ではなく、「その関与が、どの深さで、どの範囲について、誰の責任として行われているか」にあるからだ。
この隔たりは、エージェントの数が少ないうちは見えにくい。だが、数が増えたとき——たとえば組織内に数百、数千のエージェントが稼働するようになったとき——この隔たりは無視できないものになる。
25,000体のエージェントが意味するもの
2026年1月、McKinseyのGlobal Managing Partner Bob Sternfelsは、Harvard Business ReviewのポッドキャストIdeaCastにおいて、自社内で約20,000体のAIエージェントを活用していると述べた。その後、CES 2026(ラスベガス)での「All-In」ポッドキャスト収録において、この数字を約25,000体に修正。McKinsey広報がBusiness Insiderに対しこの数字が最も正確であると確認している(Business Insider, 2026年1月12日)。
この数字の正確性を細かく検証することに、ここではあまり意味はない。重要なのは、この数字が象徴しているものだ。
25,000体。従業員数に匹敵する、あるいはそれを超える数のエージェントが、ひとつの組織の中で稼働している。その状態を、どう統治するのか。
これは技術の問題ではない。ガバナンスの問題でもあるが、もっと手前にある問いがある。
その25,000体の判断は、誰の判断なのか。
エージェントが分析を行い、提案を生成し、レポートを出力する。その出力に基づいて人間が意思決定をする。しかし、人間が「エージェントの出力を追認しているだけ」の状態が常態化したとき、判断主体は本当に人間なのか。
逆に、エージェントに「任せた」つもりでも、結果の責任は組織に帰属する。エージェントは契約主体にはなれない。法的にも、社会的にも。
つまり、エージェントの数が増えれば増えるほど、判断の実質的な担い手と、責任の帰属先が乖離する。
これが、いま起きている構造的な問題の核心だ。
問いの本質
野良エージェントの問題も、SaaS代替論も、25,000体というスケールの話も、根は同じところにつながっている。
「誰が決めたことになるのか?」
この問いに対して、現時点で明確な答えを持っている企業はほとんどない。なぜなら、この問いはツールの選定やセキュリティポリシーの問題ではなく、判断という行為そのものをどう設計するかという、より深い階層の問題だからだ。
エージェントを禁止すれば解決するわけではない。使い方のガイドラインを整備するだけでも足りない。必要なのは、「判断の構造」そのものを設計対象として扱うことだ。
それが Decision Design(判断の設計) である。
Decision Designは、判断という行為そのものを設計対象とする思想だ。
その中心にあるのがDecision Boundary(判断の境界) という概念である。誰が決めるのか。どこまでを任せ、どこからを引き受けるのか。その線を、無自覚のまま放置せず、意図的に設計すること。それがDecision Designである。
以降のパートでは、この問いを構造的に分解する。
Decision Designとは具体的に何を設計するのか。Decision Boundaryをどう引くのか。そして、野良エージェントが増え続ける組織の中で、判断の帰属をどう実装するのか。
抽象論ではなく、実装の手前まで踏み込む。
詳細版について
本稿は、公開範囲を基に構成したInsynergyの日本語サイト版です。詳細な議論と実装上の考察はnoteの詳細版で解説しています。